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エルフ (バンド)
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guest-yhir0
2026-11-07 21:11:03
# エルフ (バンド) エルフ(Elf)は、アメリカ合衆国ニューヨークにて結成されたハード・ロック・バンドである。 ロニー・ジェイムス・ディオの出身バンドであり、リッチー・ブラックモアが結成したリッチー・ブラックモアズ・レインボーの母体になったことで知られる。 1967年、ニューヨーク州コートランドで結成。最初のバンド名はThe Electric Elvesだったが、The Elvesと省略され、最終的にElfになった。メンバーは、ロナルド・パダヴォナ[注釈 1](ヴォーカルとベース)、ダグ・サーラー(キーボード)、ゲイリー・ドリスコール(ドラム)、デヴィッド・フェィンスティン[注釈 2](ギター)、ニック・パンタス(ギター)の5人。 1970年にパンタスが交通事故で死亡したので、4人編成で活動を続けた。サーラーがグループを去り、ミッキー・リー・ソウルがバンドに加わった。 1972年、当時第2期だったディープ・パープルのイアン・ペイスとロジャー・グローヴァーが彼等の演奏を観て気に入ったことがきっかけになり、パープル・レコード(Purple Records) から2人の共同プロデュースによるファースト・アルバム『エルフ』をリリースする。この時のメンバーは以下の4名だった[注釈 3]。 さらに彼等は第2期ディープ・パープルのアメリカ・ツアーのオープニング・アクトを務める。 1973年、ロナルド・パダヴォナ改めロニー・ジェイムス・ディオがヴォーカル専任となり、クレイグ・グルーバーがベーシストとして加入。またフェンスティンが脱退してスティーヴ・エドワーズが後任ギタリストとして加入。新しい顔ぶれで5人編成として同年10月に活動を再開した。1974年4月16日、パープル・レコードからグローヴァー[注釈 4]のプロデュースによりセカンド・アルバム『キャロライナ・カウンティ・ボール』を発表した。アメリカでは『L.A./59』と題された。 彼等は第3期ディープ・パープルのイギリス・ツアーのオープニング・アクトを務め、さらにキャリアを積んで知名度を高めていった。 1974年暮れからサード・アルバムのレコーディングを開始。同郷のコートランド出身のパーカッショニストのマーク・ナウシーフが参加した。1975年6月にMGMレコードから、グローヴァーのプロデュースによって『バーン・ザ・サン』を発表した[注釈 5]。 第3期ディープ・パープルに在籍していたギタリストのリッチー・ブラックモアは、1974年7月に録音が開始されたアルバム『嵐の使者』の制作中に、第3期からメンバーになったデイヴィッド・カヴァデールとグレン・ヒューズが前作『紫の炎』にも増して、ソウル・ミュージックやファンキー・ミュージックの要素を持ち込むことに不満を抱いた。そしてクォーターマス[注釈 6]が取り上げた「ブラック・シープ・オブ・ザ・ファミリー」(Black Sheep Of The Family)[注釈 7]という曲を録音することを提案したが、オリジナル曲に執着するメンバーに反対された。 ブラックモアは、ディープ・パープルのオープニング・アクトやグローヴァーのソロ・アルバム『バタフライ・ボール』(1974年)でのヴォーカル・ワークを気に入っていたディオを起用して「ブラック・シープ・オブ・ザ・ファミリー」を録音して、ソロ・シングルとして発表することにした。彼はディオと「16世紀のグリーンスリーヴス」(Sixteenth Century Greensleeves)を共作し、グルーバー、ソウル、ドリスコールを招聘して2曲を録音した[注釈 8]。彼は出来の良さに大変満足して、ソロ・シングルを発表するのではなく、ディオ達と新しいバンドを結成することにした。 彼は1975年2月20日から3月14日まで、ミュンヘンのミュージックランド・スタジオにディープ・パープルのプロデューサーのマーティン・バーチを迎えて、ディオ、グルーバー、ソウル、ドリスコールと新バンドのデビュー・アルバムを制作した。そして4月7日のパリ公演を最後にディープ・パープルを脱退した[注釈 9]。 ディオ達の所属先はエルフのメンバーとして契約していたパープル・レコードからオイスター・レコードへと変わった。そして配給元のポリドール・レコードによるビッグ・マーケット取得のためにエルフは消滅した。1975年8月10日、オイスター・レコードよりリッチー・ブラックモアズ・レインボー(Ritchie Blackmore's Rainbow)の名義で同名のアルバム(邦題『銀嶺の覇者』)[注釈 10]がオイスター・レーベルから発表された。 エルフの知名度は、実際に活動していた時期はあまり高くなかった。消滅した途端に世界中のハード・ロック・ファンから、ディオの出身バンドで、レインボーの前身バンドの母体でもある、という理由で注目を浴びるというやや皮肉な境遇を辿った。 エルフ消滅後、ディオのメロイック・サインに代表されるように、元メンバーがニューヨーク界隈のヘヴィメタル・シーンやスラッシュ・メタル・シーンに影響を与えたという功績は大きい。
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エルフ (バンド)